1967年12月20日
冬山合宿
(妙高山〜雨飾山)
1日目(入山)
 
 
上田 9:22 リフト乗り場 13:30-13:50
田口 12:30-12:40 リフト上 14:00
池の平 13:10-13:25 扇の要 16:05
 
19660820 夏山縦走−劔沢〜帰着 ルート図
 
晴れ
 上田を1時間遅れで出発。轟氏は先の列車に乗ってしまった。田中で伝言場を見なかったため、河原氏がバスにて先行。後、伝言板により、「池ノ平で待つ」を見て、タクシーで行く。
 リフトに乗り上がる。輸湯管に沿って登る。熱のため、雪が溶けていて、泥だらけの道である。その上、よく滑る。四苦八苦の末、「要(かなめ)」に着く。
 友平から、幅広い道が上がってきている。車が入るのだろうか。
 設営して中に入る。
 夕食後、泥まみれになった靴の手入れをする。なかなか落ちない。
以上 杉本
 
 
 河原、寝すぎて汽車に遅れる。轟とは池の平入り口で落ち合う。
 スキー場は雪が少なくスキーヤーも少ない。遅れを取り戻さんと、リフト代をふんぱつする。
 最初に我々は深雪と戦う前にドロンコにいどまなければならなかった。南地獄谷から引いてある温泉管のため、雪が解けてしまったためである。
 結局、「扇の要」留となる。
 
※ この合宿は、妙高山から雨飾山まで行く計画であったが、あまりの雪の深さに、火打山から撤退したものである。後年、「厳冬期の妙高山初登頂」という新聞記事が載ったが、その数年前に妙高山・火打山は踏破されていたのである。(2021.02.16)
 
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