1975年、おめでとう。 |
起床、6時。天候が悪く、起きるものなく危うく寝正月。明るくなりかかる頃、東鎌を登る人影があったと、桑原さんより報告あり。我々も、時間が遅いので、天気も悪いので、「偵察」ということで出発。 |
夏道どうし、最低鞍部までは急斜面の大トラバースと急下降。雪の状態がよいので決行。親雪でも降ればダメ。途中から上を見ると、冬道を数人のパーティが降りてくる。最低鞍部にはビバークの跡とテントを張った跡が各一つづつあった。かなり広いので快適に違いない。槍へも近いし。先行パーティのトレースもあるので楽だが、だんだん足が早くなるので、後ろはきつい。どうも今回は、息切れがする。 |
再び下ったところが、水俣乗越。いよいよ東鎌尾根だ。やせた細い尾根で、急な登りだ。荷物が軽いのでピッチが上がる。先行パーティとの差がぐんぐん縮まる。ヒュッテ大槍の避雷針が見える頃には、約30分の差にまでなった。 |
ハシゴが一ヶ所あった。確か夏は、長い3段のハシゴがあって苦労したのだが、それが見当たらない。晴れていた空が、また曇りだした。 |
ヒュッテ大槍を過ぎ、殺生小屋の上あたりまで来ると、槍ヶ岳は大きく、もうすぐそこだ。肩の小屋あたりを見ると、何と人の列。夏でもあるまいし。なぜこんなに人が多いのだろう。時間も12時近くになり、こんなことでは頂上へも登れそうもないので、ここから引き返すことにした。退却の勇気。 |
昨年の正月山行では、五竜の下りを前向きでは下れず、登りと同じ向きで下ったのが、こぶし山の会の水準だった。それがどうだろう。今年は、真っ直ぐ前を向いて、平気な顔をして下っているではないか。この進歩。豊かな山行回数による経験の積み重ねが、精神的な安定感と技術的レベルアップとしてあらわれたのだろう。次回の正月山行が楽しみだ。 |
最低鞍部に新たなテントがあった。高校生か大学生か。中には、こんな時間にも槍に向かう人がいる。 |